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Hector Martin⁠Asahi Linuxプロジェクトリーダーも辞任

Asahi Linuxのプロジェクを立ち上げ、プロジェクトリーダー(リードデベロッパ)を務めてきたHector Martinは2月14日、プロジェクトリーダーを辞任することを明らかにした。既報の通り、Martinは2月7日付けでAppleシリコンコードのアップストリームメンテナーを辞任したが、その1週間後にはみずからがローンチしたプロジェクトからも離れることとなった。

今後、Asahi LinuxはMartinからアップストリームメンテナーを引き継いだSven PeterとJanne Grunauを含めた7名がプロジェクトを運営していく。プロジェクトの意思決定は新しいガバナンスに従って平等に権限が共有されることになる。また、今後のAsahi Linuxのスポンサードはオープンソースプロジェクトを支援するNPO団体「Open Source Collective」が行う。

Martinの長ーい“退職エントリー”

Martinは今回の辞任について、自身のブログに長い声明文をアップしている。以下、ざっと要約したものを挙げておく。

  • Apple M1がリリースしたとき、⁠このノートPCでLinuxを動かすことが自分の夢のプロジェクトだ」と気づき、Asahi Linuxを立ち上げた。幸いにも多くの支援と寄付をもらうことができ、数年かかったが、ベンダのサポートやドキュメントなしでゼロからこの偉業をやり遂げた
  • しかし、しばらくするとおもしろくないことが増えてきた。まずLinuxカーネルにコードをアップストリームする問題で、これにはRustは関係ない。LinuxへのアップストリームはCでもひどい体験だった
  • 次に権利を主張するユーザが現れてきた。⁠Thunderboltはいつ?」⁠USB-C経由でモニタ使えないとか、Asahiは役に立たない」⁠macOSに比べるとバッテリーの持ちが悪い」⁠CPUの温度を確認できない」などなど、そして極めつけは「M3/M4のサポートはいつ?」
  • 我々がどんなに努力しても、不可能だとされていたことをやり遂げたとしても、人々はいつも「もっともっと」と求めてくる。その一方で寄付や支援は減っていった。本当に感謝されているのだろうかと疑問に思うこともあった。燃え尽き症候群にならないように、カーネルアップストリームなどに費やす時間を制限することでなんとかプロジェクトを持続させてきたが、2024年は個人的な事情もあり、いろいろと行き詰まっていた
  • Rust for Linux(R4L)について、僕はLinusがRustを統合した際の対応は「リーダーシップにおける大きな失敗」だったと思っている。これほどの大規模プロジェクトであれば主要な利害関係者のサポートと調整が必要だが、Linusのアプローチはただ見ているだけだった。一方でメンテナーの中にはR4Lを妨害したり、暴言を吐いたり、士気を低下させようとすることに勤しんでいる連中がいたのに、彼らは何の罰も受けなかった。そのせいで主要なR4Lメンテナー(おそらくMicrosoftのWedson Almeida Filhoのこと)が辞めることになってしまった
  • 我々はAsahi LinuxにRustを採用することに賭けた。だからこそ我々のGPUドライバ(Rustでゼロから書かれたドライバ)は成功できた。我々が直面している課題には保守不可能になりつつあるCよりもRustのほうが適している。NVIDIA GPUの新しいNovaドライバだってRustで書かれている。より複雑で新しい課題を抱えている現代的なハードウェアのドライバには、より現代的なプログラミング言語のほうがふさわしい
  • Linuxカーネル開発モデルはアップストリームを奨励し、ダウンストリームのフォークを罰するように設計されている。Linuxカーネルのアップストリーム化の難しさはダウンストリームユーザに悪影響を及ぼしている
  • 僕は不正を目にしたら放っておける人間ではない。だから古参のメンテナーが自分の立場を利用してR4Lを妨害したとき(Christoph Hellwigにがパッチを拒否したこと⁠⁠、僕は声を上げた。そしてこの件がひろく報道されたことにより、その後の随所からの反応は僕を追い詰める最後の一撃となり、Apple ARMサポートのアップストリームメンテナーを辞めることを決めた。もうカーネル開発コミュニティに関わりたくなかったからだ。その後、ある主要メンテナー(Theodore Ts'o)がLKML.orgのスレッドで「We are the "thin blue line"」⁠後述)というまるで警察/法執行機関のメンバーでもあるかのようなことを言っていたが、誰もそれを咎めなかった
  • 僕への嫌がらせは続き、味方を装いながら裏では誹謗中傷する人も現れた。さまざまなプロジェクトにかかわっているある重要な人物が嫌がらせをする側に立っていることもわかった
  • 僕のMastodonの投稿を気に入らない人がいるのは知っている。僕はときどき攻撃的になるし、それは自分でも認める欠点だ。だが僕は徒党を組んで嘘をつく連中とは一緒に働けないし、僕のソーシャルメディアでの行為(ブリゲーディング)を非難しながら自分はソーシャルメディアとメーリングリストを使って僕の悪口を言っている奴とも働けないし、パブリックな場で差別的発言(Hellwigのガン発言)をしながら何の罰も受けないメンテナーとも働くことは無理。そして主要な開発者やメンテナーが(カーネル開発コミュニティから)離れていっているのに、⁠問題はきみ(Martin)にある、なぜならカーネル開発のプロセスはうまくいっている」という人(Linus)とももちろん働けない
  • (2022年7月の)Linux 5.19はAsahi Linuxが動くLinusのM2 MacBook Airからリリースされた。Linusの(AppleシリコンでLinuxを動かしたいという)熱意が僕たちのコミュニティへのサポートとアップストリーム化の苦労の軽減につながると思っていたが、残念なことにそれは実現しなかった
  • Asahi Linuxを立ち上げたとき、人生のほとんどをこのプロジェクトに捧げていた。そのときは楽しかったが、いまはもう楽しくない。M3 Proを箱に入れてもっているが、まだ電源すらも入れていないし、面倒な作業に見合う価値はない気がする。いまはリラックスして、リリースできていない機能やアップストリームできていない作業を心配しなくてもいい自由な時間が恋しい
  • Asahi Linuxプロジェクトのチーム全員に感謝したい。もし僕を雇うことに興味がある人は、リモートポジションのみでコンサル、柔軟な働き方、非独占ベースでもOKなら連絡してほしい

続く?“メンテナー辞任ドミノ”

このMartinの辞任騒ぎがきっかけとなり、Asahi LinuxやR4Lのトラブルとは直接関係ないNouveauプロジェクト(NVIDIAドライバのリバースエンジニアリングプロジェクト)のメンテナー Karol Herbst(Red Hat所属)がメンテナーを辞任することを2月15日に発表した。10年以上にわたってNouveauドライバ開発をリードし、多くの貢献を果たしてきたHerbstの辞任は、Martinとは異なる意味でコミュニティに衝撃を与えている。

Herbstが辞任を決意した要因は、古参メンテナーのTheodore Ts'oが2月8日にLKMLで発したあるコメントだ。Martinの辞任騒動が起点となってLKML内ではカーネル開発におけるメンテナーの地位や役割についての議論が巻き起こっていたが、Ts'oはここで「Linuxカーネルコードをメンテナンス可能に、かつ高品質に保つ努力を続けている我々メンテナーはいわば⁠シンブルーライン(thin blue line)⁠だ」コメントした

米国ではシンブルーラインというと警察や法執行機関を指すことが多く、星条旗の中央に細くて青い一本線が入ったフラッグを警察を支持するシンボルとして使うこともある(警察をテーマにしたドラマや映画ではよくタイトルに⁠Blue⁠が入る⁠⁠。Herbstはこの警察を想起させるシンブルーラインというキーワードに強い嫌悪感を示し、⁠こうした政治的な言葉は多くの阻害された人々に恐怖を呼び起こす。とくにいまの米国の政治状況で使うことは望ましくない。包括的な環境であるべきコミュニティで、メンテナーのひとりがこうした力をもつ言葉を使う、そしてそのことが容認されている事実に私は我慢がならない」として、Red Hatの同僚のLyude PaulとDanilo Krummrichに引き継ぐかたちでメンテナーを辞任した。

もっともTs'oは一般の人々に対しての監視や抑圧を象徴する意味でシンブルーラインという言葉を使ったわけではなく、むしろほとんど権力がないが社会の治安と秩序をなんとか維持しようと現場で奮闘する、まさに「細い青い線」として働く警察官的なイメージをメンテナーに重ねた感がある。⁠メンテナーには全権などないし、パッチを提出した開発者に改善を命令することもできない。我々がもつ権限は⁠コードが受け入れられることを阻止する⁠というただそれだけだ。我々は過去の苦い経験から、コードが受け入れられると95%以上の確率でそのコントリビュータはそそくさと姿を消し、二度と現れなくなることを知っている。これに対して我々が行使できる唯一の権限は⁠ほぼ完璧になるまでコードを受け入れない⁠ということだ。そうしないとコントリビュータが逃げたあとの混乱を一掃するが責任が我々に残されてしまうからだ」⁠Ts'o)

なおR4Lやメンテナーに関する一連の議論が展開されていた横で、Linus Torvaldsは2月16日、いつものスケジュールどおりにLinux 6.14の3本目のリリース候補版となる「Linus 6.14-rc3」を公開した。

このリリース候補版では通常のバグフィクスに加え、カーネルメンテナーのGreg Kroah-Hartman(GKH)が開発した⁠ニセ⁠のバスソリューション「Faux Bus」が追加されており、CとRustの両方のバインディングが用意されている。Rustの統合が終了するまでにはまだ長い時間が必要で、今後も多くの議論が起こるのは避けられないが、それでも淡々と一歩一歩進めていくしかないことをLinusやGKHは示している。

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